Abdulhakim2私はシリアの子どもさん達を支援する活動に携わっていました。
昨年の11月から、シリアのご家族を撮影した写真展やトークイベントを通じて、色々なところを訪問させていただいています。被災された石巻市の会場でお話を聞いていただいたご年配の参加者の方々。恐らく皆さん、シリアのことはTVで見る以上のことはご存知でなかったと思います。色々なところでお話をさせていただきましたが、私の話に一番大きく頷いておられたのが、被災経験をお持ちの方々でした。ご自分の経験から、「何が辛いか」を共感していただけたのだと思います。

「距離感」は物理的な距離により作り出されるのではありません。
「心の距離感」は、知ること、関心を持つこと、共感をすることにより、縮めることができると私は信じています。

シリアの方々は、ショッピングモールや映画館、ボーリング場やカフェなどがある生活をしていました。彼らは教師、公務員、自営業、商店主、工場主などの仕事を持ち、地域の中で顔を持つ「○○さん」と認識されて生活していました。それが、トルコに逃れ、救命胴衣を身につけ、地中海を渡るゴムボートに乗り、線路添いの道を歩く中で、「自分」をちょっとずつ、ちょっとずつ失っていきます。そして、ヨーロッパにたどり着き、列車から降りる頃には「ビニール袋をぶら下げた、顔も名前も持たない難民」となります。そして「他人の目には、自分は難民以外の何者にも映らないのだ」と思い知らされるような経験を次々とします。
どんなに辛いだとうと思います。

そして、彼らの経験は、東日本大震災で被災された方々の経験に似通っているのです。
家族、ふるさとを失うという辛さに国境はなく、同じような痛みを経験した日本人だからこそ、彼らの痛みが分かるのでは?と私は信じています。

日本でも再び大きな災害が発生しました。
何か助けてくださいとお願いする訳ではありません。ただ、無関心でいて欲しくないのです。
そのためには、相手の立場に立って考える想像力と、正しい知識、そして、難民の方達への偏見を持たないで頂きたいと願っています。


以前に受けたインタビュー記事をこちらに転載しています。
シリアの方々は産まれた時から難民だった訳ではありません。止むに止まれず、皆さん、自分の地元を離れなければならなかったのです。こちらもご一読ください。

「シリア難民とは、誰か?」
http://fromsyriankitchens.blog.jp/archives/1842517.html


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(表紙写真提供:菅野トク子)